山羊座の歌
作曲:ジャチント・シェルシ
演奏:太田真紀(ソプラノ)、溝入敬三(コントラバス)、大石将紀(サックス)、稲野珠緒・神田佳子(打楽器)、有馬純寿(エレクトロニクス)
照明:加藤裕士
音響:有馬純寿
記録:有馬純寿(録音)、後藤天(映像)、前澤秀登(写真)
音の「奥行き」を伝える媒介としての作曲家による20世紀最大の歌曲、継承成るか!?
音はまるい。しかし音を聴こうとすると、そこには二つの次元、つまり音高 (hauteur) と持続 (durée) しか存在していないように思われる。第三の次元、つまり奥行き (profondeur) というものが存在することを我々は知っているが、それは逃れていってしまう。高次倍音と低次倍音(より聴こえにくい)は、ときに持続や音高を超えて広がりのある複雑な音の印象をもたらす。しかし、その複雑さを知覚するのは難しい。
ジャチント・シェルシ
ジョン・ケージと同時期にシェーンベルクの十二音技法を学び、ケージ同様それを放棄したジャチント・シェルシ。イタリアの貴族の家に生まれ作曲を生活の糧とする必要がなかったこと、肖像写真の公開を嫌い、円と直線から成る抽象的な図形をもって署名としたこと、アンリ・ミショーやヴァージニア・ウルフとの親交、東洋哲学への傾倒、自費でのユダヤ人作曲家のイタリアへの紹介とファシストによるその弾圧、スイスへの亡命と被迫害者の支援、「深刻な形而上学的危機」からのピアノの一音を弾き続けることによる回復、その他多くの強烈で謎めいた伝記的エピソードは未だ十分に実証されていませんが、晩年から没後、彼の作曲が評価を高め続けていることは紛れもない事実です。
和声と作曲家の意図から音を解放し、「聴く」ことを作曲の原理とするというケージと共通する方向へ向かいながら、シェルシが導入したのはシステムでも偶然性でもなく、瞑想と道具でした。サン・ラやビートルズも用いた電子単音鍵盤楽器「クラヴィオリン」のイタリア版「オンディオーラ」(写真中央下)は、スイッチを操作することで音色を変えたり微分音を演奏することができます。もともとピアノの即興演奏に優れていたシェルシは、自らをラテン語の「componere」を語源とする「作曲家=組み立てる、まとめあげる者」ではなく、音のエネルギーの「媒介」と見なし、真夜中に忘我状態でのオンディオーラの即興演奏をテープに録音し、それを絶対音感を持ったアシスタントに他の楽器のためのスコアとして採譜させるという方法をとりました。採譜にはさらにシェルシ本人が多くの指示を加え、完成した楽譜は奏者に厳密な再現を要求し、即興の余地はありません。
『山羊座の歌』第16歌 (演奏:太田真紀、有馬純寿/音源協力:東京オペラシティ文化財団)
シェルシ自身の星座をタイトルに冠し、特殊唱法や微分音を全面的に導入した20曲から成る『山羊座の歌』は、シェルシとソプラノ歌手・平山美智子の共同作業により1962年から72年にかけて作曲され、平山氏の資質に多くを負う音楽性や特殊な記譜法ゆえに、現在92歳にして現役の平山氏にしか演奏できないと広く考えられてきました。しかし、2011年の全曲日本初演の衝撃も醒めやらぬ今年1月、平山氏所蔵の楽譜がアーカイブに納められ、完全な『山羊座の歌』が原理的には誰にでもアクセス可能な「作品」として存在するという状況が初めて出現しています。
平山氏から直接の指導を受けた太田真紀は、現代曲専門のソプラノとして楽譜の忠実な再現を旨とし、難曲を歌いこなすだけでなく、白目を剥く、床に倒れ込む、爆笑する、客席を走り回る、工場の過酷な労働環境を告発するなどの無茶振りもこなしてきた度胸とエレガンスを併せ持つ実力派。今回、2011年と同じ最強メンバーと共に、東京の実験音楽の発信地SuperDeluxeで初の全曲演奏に挑みます。時代がやっと追いついた20世紀最大の歌曲が継承される瞬間にお立ち会いください。
ジャチント・シェルシ
一九〇五年一月八日
ある海軍将校が一人の息子の誕生を
申告する
フェンシング チェス ラテン語
中世風の教育
南イタリアの古城
ウィーン
十二音技法への取り組み
ロンドン、結婚
バッキンガム宮殿での披露宴
インド
(ヨガ
ネパール
パリ
コンサート
(割れ目のなかに痕跡を残した作品)
橋
(浮浪者たちとの対話、押し流され)
不燃性の詩が生き残る
ローマで
音
孤独な生活
音
人をくすんだものにするものの否認
何か忘れてるかな?
一九八八年八月九日
一九〇五年一月八日
ある海軍将校が一人の息子の誕生を
申告する
フェンシング チェス ラテン語
中世風の教育
南イタリアの古城
ウィーン
十二音技法への取り組み
ロンドン、結婚
バッキンガム宮殿での披露宴
インド
(ヨガ
ネパール
パリ
コンサート
(割れ目のなかに痕跡を残した作品)
橋
(浮浪者たちとの対話、押し流され)
不燃性の詩が生き残る
ローマで
音
孤独な生活
音
人をくすんだものにするものの否認
何か忘れてるかな?
一九八八年八月九日
太田真紀(ソプラノ)|同志社女子大学学芸学部声楽専攻卒業後、大阪音楽大学大学院歌曲研究室修了。東京混声合唱団のソプラノ団員として活動後、文化庁新進芸術家海外研修員としてローマに滞在。ジャチント・シェルシの声楽作品をシェルシのコラボレイターであった平山美智子のもとで研究した。また現在は現代ドイツ歌曲をベルリンにてアクセル・バウニに師事。演奏はドイツWDR、イタリアCEMAT、NHK-FMなどで放送されている。イザベラ・シェルシ財団(ローマ)でのシェルシ作品の世界初演を含むリサイタル、シェルシ・フェスティバル(バーゼル)、ヌオヴァコンソナンツァ・フェスティバル(ローマ)、武生国際音楽祭、いずみシンフォニエッタ大阪定期演奏会、東京オペラシティリサイタルシリーズ「B→C」などに出演。
溝入敬三(コントラバス)|広島大学教育学部附属福山中高等学校、東京藝術大学器楽科卒、文化庁芸術家在外研修員として米カリフォルニア州立大学サンディエゴ校に留学。現代音楽を中心とするコントラバスのソロ、室内楽奏者として、また作曲家として活動。ドイツ・ダルムシュタット現代音楽研究所「クラニッヒシュタイナー音楽賞」、日本現代音楽協会「第7回作曲新人賞」、現代音楽演奏コンクール“競楽”第1位、「第10回朝日現代音楽賞」受賞。CD『コントラバス颱風』『コントラバス劇場』『語り物音楽傑作選・猫に小判』、著書『こんとらばすのとらの巻』(春秋社)。2008年より、ふくやま芸術文化ホール「リーデンローズ/Reed & Rose」館長。FM番組『溝入敬三の音楽定食』は、毎週金曜日19:30〜20:00レディオBINGO 77.7MHzで放送中。世界中どこからでも「レディオBINGO」ホームページ→「サイマルラジオ」でお聞き頂けます。
大石将紀(サックス)|東京藝術大学、同大学院修士課程修了後、パリ国立高等音楽院に留学。文化庁新進芸術家海外研修員として研鑽を積む。2008年東京オペラシティリサイタルシリーズ「B→C」に出演しデビュー、高い評価を得た。現在現代音楽、クラシックを中心にコンサート、ウンドル音楽祭(イギリス)、ダヴォス音楽祭(スイス)、サントリー芸術財団サマーフェスティバル、東京オペラシティ財団「コンポージアム」、武生国際音楽祭などの音楽祭、現代音楽グループ「東京現音計画」、ラジオ、テレビ出演、テレビCM録音、(財)地域創造の支援アーティストとして全国でコンサートやアウトリーチを展開するなど幅広く活動中。2015年5月に初のソロアルバム『NO MAN’S LAND Masanori Oishi plays JacobTV』をリリース。東京藝術大学、洗足学園音楽大学、東邦音楽大学非常勤講師。
稲野珠緒(打楽器)|東京藝術大学卒業。モーニングコンサートにて藝大フィルと共演。同声会賞受賞。日本管打楽器コンクール2位入賞。京都芸術祭にて京都市長賞受賞。タン・ドゥン作品にてミュンヘンフィル、ロイヤルストックホルムフィル、サンタチェチェーリア国立アカデミー、NHK交響楽団、ネザーランド、リヨン、ニュージーランド、東京サントリーホールオペラに出演。ガウデアムス国際音楽週間、日蘭交流400周年記念演奏会に出演。ISCM・現代の音楽展において第3回佐治敬三賞受賞、サントリー芸術財団サマーフェスティバル「MUSIC TODAY 21」等に参加。現在オーケストラ、室内楽、ミュージカル等のマルチパーカッション奏者として活動している。プロフェッショナルパーカッション音楽教室講師、アンサンブル東風メンバー。パーカッションアンサンブル、マレット・ガーデン主宰。
神田佳子(打楽器)|東京藝術大学卒業及び同大学院修了。ドイツ・ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会で奨学生賞を2度受賞。ビクターエンタテインメントよりCDをリリース。これまでに、ソリストとして東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団等と共演や、国内外の音楽祭への参加の他、多くの作曲家の作品を初演し、若手作曲家との共同作業も多く行なってきた。正倉院復元楽器の演奏、古楽器との共演、ジャズピアノとのデュオ「TANAKANDA」を行なう等、時代やジャンルを超えた打楽器演奏の可能性にアプローチしている。また、作曲も手掛け、作品はニューヨークをはじめ、国内外で演奏されている。2014年には自作の打楽器アンサンブル作品集CD『かえるのうた』をリリースし、その中の4作品の楽譜も出版された。PERCUSSION TRIO [The Birds]、アンサンブル・コンテンポラリーα、東京現音計画のメンバー。
有馬純寿(エレクトロニクス)|エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、現代音楽、即興演奏などジャンルを横断する活動を展開。ソリストや室内アンサンブルのメンバーとして、サントリー芸術財団サマーフェスティバル、コンポージアムなど多くの国内外の現代音楽祭に参加し、300を超える作品の音響技術や演奏を手がけ高い評価を得ている。東京シンフォニエッタのメンバーとして第10回佐治敬三賞を受賞したほか、平成24年度第63回芸術選奨文部科学大臣新人賞芸術振興部門を受賞。2012年より国内外の現代音楽シーンで活躍する演奏家たちと現代音楽アンサンブル「東京現音計画」をスタート、その第1回公演が第13回佐治敬三賞を受賞した。現在、帝塚山学院大学人間科学部准教授、京都市立芸術大学非常勤講師。
[1] Giacinto Scelsi, Son et musique, circa 1953–54, in Les Anges sont ailleurs..., Actes Sud, 2006, p. 126.
[2] Giacinto Scelsi 1905–1988, Éditions Salabert, 2005, pp. 3–5.